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京浜急行電鉄の歴史や駅を調べてみた

六浦駅は内陸なのに海辺を表す「浦」が付いてる・・・なんで?

六浦駅は内陸なのに海辺を表す「浦」が付いてる・・・なんで?

引用:Google Map

今回は逗子線六浦駅をてきとーに紹介してゆきます。

海から離れてるのに、なぜ海を表す「浦」が付いているのか。

開業の歴史的な背景とか、周辺情報も。

この記事の内容
  • 六浦駅も軍と切り離せない歴史だった
  • 六浦駅になぜ海岸と言う意味の「浦」が付いてるのか
  • 六浦駅エリアにあるオススメスポット。神社と洋食店

六浦駅は仮駅から始まった。また帝国軍か

六浦駅は仮駅から始まった。また帝国軍か

引用:Google Map

六浦駅は1934年2月15日に開業しました。

この時期は関東の私鉄が統合されていた時代です。

  • 海軍関係者の専用駅として開業
  • 名称は「六浦荘仮駅」
  • 今よりも500m西にあった

三浦半島はあっちこっちに大日本帝国軍の施設があり、六浦にもありました。

戦後に移転

戦後に移転

引用:国土地理院地図

1949年3月1日、六浦駅と駅名を決めて今の場所に移転しました。

当時は地上駅です。

1970年に橋上駅舎になりました。

今では改善された、六浦駅の欠陥

六浦駅金沢区にある、総合車両製作所から伸びている狭軌線路が通ってます。

三線軌条になっている線路を通して車両を出荷するため、六浦駅のホームは線路から離れてました。

どういうことかというと

六浦駅、以前の状態

ホーム側の線路を共有していて、回送車両が京急のホームに当たらないよう、セットバックしてたんです。

まとめて狭軌用車両といっても、その車体幅は会社のオーダーによって違います。

これ全部、総合車両製作所が作った車両です。

標準軌に合わせた京急の幅のホームだと、接触するかもしれんので、ホームと車両の幅を広く取ってました。

このため、営業車両とホームとの間は27cmのすき間ができてました。

危ないし、ホームは狭くなるし、何とかした方が良いね

という事で、こうなりました。

車両走行位置の変更と、ホームの拡張工事

車両走行位置の変更と、ホームの拡張工事

六浦駅の部分だけ、ホームと反対側の線路を共有するような構造にしました。

この改良工事で、営業列車とホームのすき間が27cmから8cmへ縮小。

安全面でも改善し、ホーム幅の拡幅ができました。

ちなみに狭軌標準軌の差ってまぁまぁあって、368mmも違います。

全体的に368mmホームから離れてくれたんで、狭軌でもちょっと幅広の車体が通っても、ホームに当たらくなりました。

六浦駅になぜ海岸と言う意味の「浦」が付いてるのか

六浦駅になぜ海岸と言う意味の「浦」が付いてるのか

引用:Google Map

六浦駅は平潟湾(八景近くの湾)から1km以上離れているんですけど

なぜか、海岸という意味の「浦」が駅名についてます。

これはずーっと以前の地形が、今と全然違うからです。

六浦地区には塩田があった

六浦地区には明治頃まで塩田があったらしい。

江戸時代は"港町"として栄えてました。

埋立地

引用:Google Map

この赤線地帯、1945年~1950年くらいはまだ埋め立てられてませんでした。

そんぐらい海岸線が中にあった所で、もっともっと昔は土砂が堆積してなくて、より内陸まで入江のようになってたそうです。

そんな複雑な地形から、船を簡単に泊めておくことができてました。

そっから「鮎浦ふくら」と呼んでいたらしい。

参考:金沢未来文庫

この辺の川は侍従川という2級河川があり、恐らくこいつの力による地形変化でしょう。

川の名前は、歌舞伎や浄瑠璃の演目になっている「小栗判官照手姫」
照手姫が身投げをした事に嘆いた侍従が飛び込んだ川が、この侍従川らしい

色々と変化して、六浦に

農作が開発されてからは、六浦荘という荘園が設置されました。

荘園は貴族や寺社といった金持ちが開墾した大規模な農地のこと。
奈良時代あたりからあちこちで出来た。

六浦荘は寺が土地のオーナーだったようです。

1157年、源頼朝は自身の部下、常陸国(茨城)の那珂実経なか さねひさに六浦荘を与えました。

鎌倉幕府が倒れた後は足利家の支配下に入ったんですが、それもまたケンカになって取り合いの争いが行われてました。

その理由は、交通の要所だったから。

特に鎌倉時代あたりは鎌倉七口と言われるルートの1つだったので、取り合いになってたみたい。

ですが、年々の地形変化によって港がより六浦から遠くなったり

江戸時代には都市機能が東京に移ったりして、衰退してしまいました。

「六」という数字が使用されとりますが、6つの何かがあったわけではなく、読みが「ふくら」から「むつら」と変化して、漢字を充てられただけです。

「む」と読める漢字は、あまりロクでもないものが無くて、六・舞・夢・無・務・武・霧あたりが良く使う漢字です。

他にもありますが、ほぼ使わんかったり、簡単に読めないものなので
無難かつ、特に意味を持たない漢数字の六を使った、と考えられます。

湘南電気鉄道の登場でV字回復

湘南電気鉄道の登場でV字回復

引用:Google Map

六浦エリアに電車が通るようになり、東京や横浜のベッドタウンになりました。

また横須賀の軍港にともなって、金沢八景あたりにも関連施設が次々と設置。

そこに通う人の寮や住宅がボコボコ作られて、住宅地として伸びました。

ですので六浦エリアは昔ながらの場所もあるんですが、比較的最近造られた住宅地の方が多いです。

特に海に近い平地とか、山の方の整然と家が並んでいる所は新興住宅地だね。

六浦駅エリアにあるオススメスポット

六浦駅エリアにあるオススメスポット

引用:Google Map

六浦エリアはほぼ住宅地です。

ですが、六浦は立地的に鎌倉時代に作られた由緒ある神社があります。

朝比奈熊野神社

朝比奈熊野神社

引用:Google Map/O Yさん

山の中にあるんで、そこまで人は来ない神社です。

ですが名称の通り、あの熊野社を設置してます。

この神社は鎌倉を守る守護神として、鬼門に置かれました。

朝比奈というのは、地名です。

鎌倉を繋ぐ、7つのルートの1つ「朝比奈ルート」の近くにあるから付けられました。

住所は横浜市ですが、朝比奈ルートはゴリゴリの山で、そんな所にポツンと神社があるんだから雰囲気はかなりあります。

メチャクチャデカいイチョウの木(樹齢400~500年)やスダジイ(200~300年)は横浜市の名木古木に指定。

神社のアクセスルートは普通に山道なんで、ナメない方が良いと思います。

ただ、隠れたパワースポットである事は確か。

Cafe & Dinning Barむぎや

Cafe & Dinning Barむぎや

引用:Google Map

小さな洋食店。地元の名物が出てくるわけではないけど

地元でかなり人気の個人店です。

特に昼の日替わりが安くて美味いと評判。

しかも雰囲気が良いようで、デートコースにしても良いんじゃない?という口コミもありました。

ただ、18席しかないんで予約をオススメします。

水・木が定休日。

11時30分~14時30分、17時~22時の営業です。

Instagramむぎや

六浦に住んでる人は、どう感じてる?

住んでる人は、どう感じてる?

引用:Google Map

自然が多くて静かな所だし、生活に必要なものはある程度揃っている所。

結構みんな不満に感じているのは、道が狭いとか坂が多い。

治安は悪くないし、八景島シーパラダイスも山も近い所なので、遊び場所に困らん。

バス路線もちゃんとあるんで、住みにくいと感じるまで不便ではないようです。

やっぱ山をならして作った住宅地だから、アップダウンがしんどいという声が1番多い。

そこん所、留意されたし。

まとめ:六浦駅は昔、近くに海岸があったらしい

近くに海岸があったらしい

引用:Google Map

六浦はその名称の通り、海岸線が近くにあったようです。

ですが、長年の地形変化と埋め立てで、六浦はちょい内陸になりました。

歴史的な建造物は少なく、鎌倉を結ぶ朝比奈ルートに熊野神社があります。そのくらい。

雰囲気はメチャクチャあるんで、足が動く人は行ってみて。

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